1.宇賀部神社に関するご質問


Q1 「宇賀部神社」の正式名称は、何ですか?

A 「おこべじんじゃ」或いは「おこべさん」の愛称で親しまれていますが、正式な名称は「うかべじんじゃ」です。
 古くから首より上部に関する諸祈願に、霊験あらたかな「頭の神様」として親しまれ、「頭(こうべ)」に「御(おん)」をつけた、「おんこうべ」がつまって「おこべ」となったと言われています。


Q2 宇賀部神社にまつわる伝説はありますか?

A  ご祭神に関する伝説があります。境内地に設置の看板の文章をご紹介しましょう。
 当社のご祭神は神明帳によれば、「迦具土神」(火の神)となっているが、一説には「名草戸畔」の頭を祀るとも伝えられる。
 名草戸畔は、名草山の東麓・吉原の地に本陣を構えた豪族の首長であった。
太田亮氏の『姓氏家系大辞典』にもあるように、「 名草戸畔のことは厳然たる事実であって、何らかの大事件が起こったことは、この地方の伝承で伺い知ることができる」と記している。
 時は日本の黎明期、各地には豪族が割拠して覇を競い合っていた。日向では頭角を現した伊波礼毘古命(後の神武天皇)兄弟が、九州を勢力下に収め、行く行く各地を平定しつつ、一路、大和を目指して攻め上ろうとした。だが紀ノ国では、思わぬ抵抗勢力の反撃に苦渋を強いられる羽目となった。「毛見ノ浜」に上陸した東征軍は、これを迎え撃つ名草戸畔の軍勢と死闘を繰り広げた。東征軍は皇兄の五瀬命を失い、鎮魂の地には竈山神社が創建された。一方、名草戸畔はここを先途と勇戦奮闘したが、その甲斐もなくあえない最期を遂げた。 そこで邑人は泣く泣くその頭を携え、小野田の里に身を潜め、高倉山の北麓にあるこの小高い山に葬ったのが、 「おこべさん」の由来だと言われる。 因みに、名草戸畔の腹部は、杉尾神社(高倉山の南麓、海南市阪井)に、脚部は、千種神社(海南市重根)に祀られていると言われる。


Q3 神社のお休みの日はありますか?

A 神様へのご奉仕ですので、定休日はありません。
 毎日ご奉仕していますが、出張祭典や研修(出張)等で神職不在の日があります。


Q4 どんなご利益がありますか?

A 頭の神様ですので、特に首から上の病気平癒(頭、目、鼻、耳、口、喉、首の病気、頭の怪我・心の病)、知恵を授ける神としての試験合格(入学・就職・昇進・国家試験)・学業成就、冷静な頭・判断力の必要な交通安全、その他、賢く健康に育つことを願っての安産祈願初宮詣、疲れた頭を癒す健康厄除祈願など。